メイン ◆思はぬ時のまもなし



物忌みで休みをとった、穏やかな冬の日。
風も陽の光も暖かで、邸の中はとても静かだ。
自室で書物を一心に繰っていた昌浩は、ふと顔をめぐらせた。
もたれかかっていた少年の動きに、まどろんでいた物の怪もけだるそうに目を開ける。

「…あれ?」
「ん〜…。なんだ、昌浩、どうした」

のそりと首をもたげた物の怪に、昌浩は視線を投げる。

「う、ん。…なんだかさ、やたら静かだと思って」

すこし眉根を寄せながら、昌浩は立ち上がる。
訝る様にぴしり、と尻尾をひとつ振ると、物の怪も昌浩にならって体を起こした。
昌浩は庭を眺めながらゆっくりと視線を巡らせて周りにほんの少し、気を張り巡らせて見た。
だがすこし神経を済ませば、いつも感じる神気も無い。
晴明が内裏へと足を運んでいるのであらかたついて行っているか、異界にいるのだろうとは思う。
母の露樹はこの自室から離れた対で退出してきた父といるはずだ。

ついで耳をすます。 だが、どれだけ耳をすましても昌浩の求めるものが感じられなかった。

「あれ…?」

ふと気を緩めて、昌浩は気付く。
一体自分は何を求めているんだろうか。
自室からすのこへと出て、庭先を睨みながら昌浩は腕を組んだ。


「何かが、足りないんだけどなあ」

…何か、落ち着かないんだよ。

その一言に、物の怪は夕焼け色の瞳を小さく見開いて なんだ、と呟くと
くるりと戻って茵にぽふん、と座り込んだ。
むむーとすのこに座り込み、穏やかな日差しを浴びながら昌浩はうなっている。
おっかしいなあ、なにも異変は感じないのに。なんて呟きまで聞こえて来た。
一旦閉じた片目を薄く開けながら、物の怪は昌浩がいつ自分の心に気付くのか
すこし焦れた様な気持ちで見守っていた。
それでも、昌浩はいまだうんうんとうなり、あー、と頭をかきむしったりしている。

まったく、と物の怪が苦笑しているところに、何かの物音が長い耳をくすぐった。


「…っ!」

微かなその音に、座り込んでいた昌浩がそのまま飛び上がったかと思うと
一目散に何処かへ駆け出した。
起き上がろうとしていた物の怪は、その速さにぽかんと口を開ける。

声をかける間さえない。
なんなのだ。
無自覚で、あの反応。
体と言うか、魂と言うか。
そんな奥深い、まるで本能にも似た反応だな。

そんな思いにまたもくすりと苦笑をこぼすと、物の怪は玄関から聞こえてくる賑やかな昌浩と彰子の 声に目を閉じた。



***昌浩、無自覚なのに彰子がいないと反応したり?
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