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「困ったのう」 「はい。私共ではいかようにすることもできません」 「しかし、大切なことじゃろう」 「はい」 「成親のほうはどうじゃ」 「そちらは滞りなく。昌浩が熱に浮かされたかのような顔に笑いをこらえるのがやっとのくらいです」 「しかし、昌浩は大丈夫かの」 「は」 「急にそのような事を叩き込まれても、あれは混乱するばかりじゃろう」 「うすぼんやりと知ってはおったようですが」 そこまで話すと、昌浩の足音に気付き二人はおもむろに朝餉の席に着いた。 ややあって、昌浩が現れる。 二人は何も無かったかのようにすまして座っている。 「おじい様、父上、おはようございます」 「うむ」 「おはよう」 目の下にクマをつくっている出仕のための直衣姿の昌浩に二人は挨拶を返すとでは、と箸を手にした。 朝餉も終わり、さて、出かけようという段になって昌浩は思い出したように後ろを振り返った。 「…天一」 その声に答えて、天一がふわりと顕現する。 「いかがなされましたか、昌浩様」 「うん、そ、その…」 言いかけて昌浩は顔を赤くしつつ、天一を見た。 「ひ、姫、はお元気か?」 「はい」 昌浩の言葉に即答し、天一はにっこりと笑う。 そこに無言の圧力を感じて、う、と言葉に詰まった。 その圧力に負けるもんか、と息をつめると昌浩は更に言葉を重ねる。 「そ、その…。えっと、あれは見てもらったのかな」 「私と、内密に姫の父君様が」 にこ、と笑う天一の言葉に、一瞬の間の後、昌浩は目をむいた。 姫の、父君。 その言葉に、昌浩は見た目にもはっきりと見て取れるほどに青くなった。 足元の物の怪は、それを見上げておもわずため息をつく。 はわわわ、と開閉する口から息なのか声なのか音なのか分からない物も漏れ出している。 (だからあれほど) そういいかけて、物の怪はあまりの情けなさに頭を抱えた。 そんな昌浩を知ってか知らずか、天一はにこやかに言葉を続ける。 「もう少し、お歌のお勉強をなさってください、と仰せとの事でした」 言外に (返事を出せるレベルなどではないぞ!昌浩!) と道長の叱責が聞こえた気がして、昌浩はひいいとすくみあがった。 とぼとぼとあるく出仕の道すがら。 前を行く昌浩のうなだれた背中に、物の怪は同情のため息を禁じえない。 ああ、人間と言うのはかくも面倒くさいものなんだなあ。 そんな感慨を深く胸に抱きつつ、物の怪はかける言葉を捜していた。 うんうんと考えあぐねていると、ひた、と昌浩の足が止まった。 「どうした、昌浩」 「…なんで」 「あ?」 「なんで!!同じ邸に住んでいるのに、会わせて貰えないどころか声も聞かせてもらえないんだ! そ、それに、それに!なんっっで歌を送ったり文を届けなくちゃならないんだ・・・!」 (おお、始まった) 最近繰り返される朝の恒例行事。 今の現状に対する昌浩の鬱憤がここで爆発するのだ。 もう三ヶ月も続いている。 ようやっと、ようやくだったのだ。 そんな思いから物の怪はこの奥手で鈍感な愛しい幼子に、もっとはっぱをかければ良かったかと後悔の念まで感じていた。 この昌浩は18にも手が届く時になって、自分の中にある想いに気付き、思い余って彰子に想いを打ち明けてしまった。 やっと訪れた遅い春。 感動の場面の後、当然彰子は喜びの涙の中、昌浩の腕の中にとびこむ決意をした。 したのだが。 しかしその日から、安倍家では昌浩も彰子もお互いの部屋に行く事は全面的に禁止されてしまった。 神将たちから晴明に告白のことが漏れ、晴明以下、父と二人の兄たちに「待った」がかけられたのだ。 意味も理由も分からないままに、いきなりな仕打ちにさすがの昌浩も抗議しようとしたのだが 母、露樹の異常なほどの反対に会い、何も言えなくなってしまったのだ。 同じ邸にいながら、二人は別々の家に住む貴族の若者と姫、となった。 何か伝言を伝えようにも天一がふわりと笑って、完全に彰子の女房役に徹し伝言する。 「お伝えいたします。」 この一言で、昌浩は彰子から完全に遮断されてしまうのだ。 そして昌浩は毎日朝早くからやって来る成親に、和歌や恋文の練習を強制的にやらされている。 俺だってちゃんと普通の手順は踏んだんだ、一応な。 俺がやったのだ、お前もやれ。 これが成親の日々の小言だった。 和歌なんててんで、からきしダメで、しかも筆跡だって心もとない。 昌浩がうんうんうなってひねり出した歌は、成親の眉間に青筋を立てるものばかりなのだ。 「そ、それなのに…!やっと、やっと何とか兄上に合格を貰っても…!もっとお勉強してください、と来るんだ! 一体いつになったら俺、俺っ…!」 興奮してふるふる震えている昌浩を物の怪は、乾いた笑いで見守るしか術はなかった。 (,まあこれもいわゆる、親心、ってなものだよなあ) ***未来の昌彰。プロポーズ話です。続いたりします。 Back/→ |